html

About    Concept    Works    Contact

「物語」は如何にして制作されたか

序文. 現代人の抱える問題とは何か
私は、昨今のエンターテイメント作品に触れる中で、ある問題を見出した。それは「同じメッセージの再生産」と「表面的な模倣」である。

 制作者自身が何を伝えようと思ったかはあらゆる制作を支える柱であると私は考える。エンターテイメントという自由な作品世界に於いて、「何を描き・何を描かない」という選択は常に制作者を悩ませる。売れるための作品を作ろうと思えば、売れているものを学ぼうとするのが常である。しかし、学ぶことができるのは「表面的な手法だけ」なのである。題材や登場人物、キャラクターの性格など、分類して配置することで同じような世界を描くことは可能である。
 だが「何が伝わる」のかについては決して真似はできない部分である。作品の原則として様々な手法を統制してはじめて意味を成すそれは、表面の部分を真似るだけでは成立しない。つまり、制作者がメッセージを理解し、自らの選択で「何を描き・何を描かない」かを決める必要があるということである。
 しかし、忙しい制作者が皆そこまで思考に時間をかけられるかというと、難しいだろうと私は考える。「同じメッセージの再生産」は得てして飽きられているという状況を理解しつつ、受け手が何を求めているのかを自分で考え、表現を統制する方向性を様々な媒体へ向けて確立していかなければならないからである。

そこで私は「現代人の抱える問題とは何か」をメッセージとし、様々な媒体へ展開する共通の根幹部分である《物語》として記述することを決めた。
この企画の目標は、《物語を用いた新しいメッセージの構築と、他者との共有》である。


1.物語の量産とメッセージの統制
 私はまず、日々の生活から心に掛かった考えをノートに書き留めては検討し、物語へと変換していった。ここではまだ、書かれる物語の方向性は統制されておらず、描かれるメッセージの種類は日々の「偶然の気付き」に頼っていた。
 ある程度の物語の本数が揃ってきて、ここではじめて描くメッセージの統制が必要だと考えた。「偶然の気付き」に頼っては、個人の行動範囲の偏りによって決してたどり着くことのできない種類のメッセージが存在することが明らかになってきたからだ。

 メッセージの統制と選別は、ターゲットとなる人物の年齢層を設定することからはじめた。現代は年齢層である程度抱える悩みに法則性が見られ、それくらいの大きな括りのほうが作品の需要とマッチしやすく、幅広い展開が可能になると考えたからだ。
 ターゲットを20代前半に設定し、前年度に自主的に用意していた『問題の分類、記号化』の中からメッセージをそれぞれ「無意識な悩み」と「意識的な悩み」に分類した。それをもとに統制された物語は「意識的な悩み」を優先した結果、合わせて34本となった。
 なぜ「意識的な悩み」を優先するかというと、それは物語への共感を素早く行うためだ。この考えは、次の、現代のエンターテイメントが抱える問題への解決策へとつながる。


2.エンターテイメント市場と制作現場
 現代のエンターテイメント市場は二次創作や続編、既存作品からのメディアミックス作品が席巻している。これは売れるために企業がとる手法が、制作者を既存の作品に縛るという、制作者には好ましくない状態を生んでいる。
 さらに、メッセージの多様性という観点からも、既存作品の再利用は好ましくない影響を与えている。同じ世界観を利用するということは、同じ方向性のメッセージを扱うことであり、ともすればただの焼き直しになりかねない。
 そこで私は、企業が作品を売るための根拠として「意識的な悩み」をメッセージとして作品の柱とすること、それを広報活動の中で消費者の意識に定着させることを挙げた。 消費者と作品とのコンタクトは主にCMであり、伝えられる情報には限りがある。しかし前向きに見ると、これを伝えればいいという内容は「メッセージ」と「楽しさ」の2つだけだと考えられる。

・メッセージ:消費者の中の悩みと相互作用して作品への興味・関心の強さとなる。
→物語、世界設定、人物の関係、セリフなどに表れる。
・楽しさ:消費者の中の楽しかった記憶・経験と結びついて作品の内容を予想させ、期待を生む。
→人物の行動の種類、ビジュアルなどに表れる。


3.共同制作、物語の先を見つめて
 考えを証明するには、やはりこれを根拠とした作品を実際に作ることに迫られる。予想は実例がなければ信頼されないからだ。
 物語の先の段階を作っていくにあたって、「物語」と「ビジュアル」それぞれのアプローチを組み合わせていくことになった。物語には、消費者に伝えるべき情報の他に、共同制作者に伝えるべき情報があることが明らかになっていった。

 共同制作の《漫画(不死の子)》を作っていくとき、私は原作者として全体の流れと登場人物の明確化に迫られた。それはメッセージに関わる部分というよりは、楽しさが何であるのかを考える部分であり、いままでとは違った考え方が要求された。
 原作者としての制作物との向き合い方は、制作者の望む通りにしたいと考えて自由度を高めた。しかし原作にないものを描き足す労力があることを考えると、ある程度明確な指針をページごとに設定しておくことも自由度を高める方法として必要であったかもしれない。
 漫画の方針を決めたタイミングで、同時に実例制作の第二弾として《小説(制服革命)》と、第三弾《ゲーム企画書(鴉のコイン)》の制作を開始する。 こちらは最初から最後まで自分で決めるということで、設定の構造を試行錯誤していった。結果的に物語の時点で明確だった主人公の動機の描写が疎かになり、大きく修正が必要となることがわかった。

 制作初期段階を預かる者として常に大事なのは、後の段階を見据えた明確な表現である。動かない部分を確定することで、後に続く制作者の発想は自由になるのだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿