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MoNoGaTaRi #32「光のない」

この世界に光はない。
あるとき、消えてしまったのだ。

だから今見ているのはそれまでの記憶と、「音」を手掛かりに造られた世界。
光が消えてしまった後に生まれる子供たちには、「音」の世界だけが存在するのだろう。


主人公は新しい世代に対抗意識を持っている。
それは自分とは関係のないことで優劣が決まってしまう世界への、憤りが積もったものである。
この世界にとってのオリジナルは、光のない世界が基本である子供たちだ。
だから何を表現するにしても、光のあったころにしていた比喩は通用しなくなってきている。

主人公の頭の中には光にあふれた世界が今もあり、
それを活かせば様々な見識を披露できるというのに、
ただ「伝わらない」というだけで不本意な境遇に甘んじていなければならないのか。

その想いは新しい世代にないがしろにされる生活のなかで日ごとにつのり、
主人公は「光の見える人」を集め、独自のコミュニティを築くことを決意する。


「光の見える人」に属する人々は、それぞれの記憶をつなぎ、光のあったころの世界をネットワークの上に再現した。
そこは、新しい世代にとってはまさに異世界と呼ぶべきもので、「色」の概念などは材質を直接知る世代がはじめて触れるものだった。

「光の見える人」は、権力の一角を占める巨大な派閥となっていった。
このことは、主人公の暮らしを向上させた。
だが同時に、主人公の選択肢から、「光の見える人」の不利益になることが失われていった。



その問題は、おそらく最初から存在していたのだろう……。
この世界から光が消えたとき、世界の法則はすでに別のものになっていたのだ。

もはや世界を光のあったころそのままに表すことはできず、
「光の見える人」の存在価値は、それ以上高等なものにはなりえなくなった。
この事実を「光の見える人」の研究者が発見し、そして主人公に報告してきたとき、
主人公はこの事実を隠すことを決断する。

この先何年も、技術的発見に誤差を生じさせ続けるとしても……。



何十年経っただろうか。
主人公は隠し続け、組織はいまも重要な位置にあり続ける。

しかし、新しい発見がなされる度に、
主人公は強い罪の意識に呵まれ続けた。

今思い返してみると、あの時が最後のチャンスだったのかもしれない。
「光の見える人」の全盛期に研究していた彼を超える者は、
もう現れないのかもしれない。



主人公の命は消えようとしている。
もはや自分でこの組織を終わらせる力もない。
病床でたくさんの機械につながれて自らの終わりを待つしかないのだ……。

ふと、手に感触がよみがえる。
骨張って力強い手だ。

「音」によってセンサーが脳へと像を結ばせる。
「音」の世界にも随分なれ親しんだものだ。
力強いまなざしが見える。

そして、鼓膜を震わす音は、赦すと告げていた。

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