主人公に見える空間は半径5mの部屋だけである。
ここで他人と出会うことなど不可能に近いだろう。
主人公には世界を広げなければならないという危機感がある。
この狭い部屋は人生の閉塞感を生じるには十分な効果を持っていたようだ。
しかし、それだけではないだろう。
主人公は寝たきりになるほどの重病か障害を抱えている。
看病をする者をあるとき失ってしまった主人公は、
自らの力で生きる方法を「考え」「取り寄せる」しかない。
必要なものは、
まず食料であり、健康である。
次に、それを安定して供給するための
資金と人である。
一旦安定してしまえばここは快適である。
収入と支出のポンプが動く限りは(つまり一生)生活が約束されている。
しかし同時に主人公の感じる閉塞感は、
押し潰されそうなほどに強くなっていくのだ。
このままでは自分が自分ではなくなってしまう。
主人公は、世界を広げることを試みる。
様々な分野の人々と会話をし、様々な考え方を獲得していく。
その中で目から鱗が落ちるような感覚を幾度も味わった。
主人公は満足していた。
だが同時に、自ら語ることができなくなっていた。
知識が主人公に、強過ぎる節度を生んでしまったのだ。
本当に相手のためになることを言うためには、
自分は「手触り」を知らなすぎる。
一つひとつの事柄に対して試してみろと言うには、
主人公はあまりに経験がないのだ。
主人公は、いよいよ自分の生命維持装置にも、
手を加える必要を感じはじめている。
これまで生かしてくれていた仕組みから、
外へ出て生きるための仕組みへと。
自分自身の形を変えながら
いくつもの人生を生きるような生き方を、
探していこうと思っている。
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